建物単位人口で見る避難所シミュレーション

~高解像度な人口基盤を「命を守る」政策へつなげる~

本記事は、生成AIとGISを活用した自治体業務の実証シリーズの第12回です。

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▶ 第1回:自治体GISとAIの融合
▶第2回:ArcGIS Onlineと生成AIを連携した人口統計分析の実証
▶第3回:生成AIとGISで健康遊具の優先整備地区を抽出してみた
▶第4回:自治体の人材不足はGIS AIで解決できるのか
▶第5回:e-Stat APIとGISを結合するときの落とし穴
▶第6回:PLATEAU MCPは自治体GISを変えるのか
▶第7回:健康遊具はどこに整備すべきか?生成AIとGISで検証
▶第8回:AIの回答は信用できるのか(検証と説明責任)
▶第9回:自治体GISにおける人口統計データの構造要件を生成AIで検証する
▶第10回:PLATEAU LOD1と生成AIで建物単位人口推計は可能か
▶第11回:PLATEAU建物人口から見る浸水リスク
▶第13回:PLATEAUの建物に人口を配置する
▶第14回:PLATEAUを「人口を持つ都市」へ

はじめに

前回の記事では、PLATEAUの3D都市モデル(LOD1)と国勢調査を利用し、建物単位人口推計モデルを構築しました。

建物高さや用途地域を考慮しながら人口を建物単位へ再配分することで、

「どの建物に、どれだけの人が居住しているのか」

を推定できるようになりました。

前回の分析は、建物そのものに着目した比較的ミクロな分析でした。

今回は、その高解像度な人口基盤を利用し、

「誰が、どこへ避難するのか」

という、より面的な防災分析へ発展させます。

建物単位人口という基盤が整備されたことで、浸水リスク、避難所、避難距離といった複数のデータを横断的に結び付けることが可能となりました。

今回の分析は、前回構築した建物単位人口モデルがあって初めて実現できた分析であると言えます。

図1:建物人口 → 浸水区域 → 要避難支援建物 → 避難所シミュレーションの全体イメージ


使用データ

今回使用したデータは次のとおりです。

データ内容
PLATEAU建物データLOD1建物モデル
建物単位人口前回作成成果
浸水継続時間ESRI Living Atlas
避難所データ和泉市指定避難所(39施設)

浸水継続時間データには、ESRIが提供する全国の洪水浸水継続時間データを利用しました。

AIエージェントによるデータ探索

今回の分析を開始するにあたり、まず検討したのは、

「浸水継続時間データを分析に利用できるのか」

という点でした。

浸水継続時間はESRI Living Atlasで公開されていますが、

  • ArcGIS Onlineアカウントが必要なのか
  • 商用利用や分析利用が可能なのか
  • フィーチャサービスとして利用できるのか
  • 建物データとの空間解析に利用できるのか

は事前に確認する必要がありました。

そこで、ArcGIS MCP環境を利用し、生成AIエージェントに次のような自然言語で指示を行いました。

プロンプト例

ESRI Living Atlasで公開されている浸水継続時間データを調査してください。

確認したい内容は次のとおりです。

1. ArcGIS Onlineアカウントが必要か
2. 公開レイヤとして利用できるか
3. ArcGIS Proで空間解析に利用できるか
4. 建物ポリゴンとのIntersect解析に利用できるか
5. 全国データとして利用できるか

分析利用に適しているか評価してください。

その結果、AIエージェントから、

  • 全国を対象とした公開データであること
  • ArcGIS Onlineアカウントがなくても閲覧可能であること
  • ArcGIS Proから解析利用可能であること
  • フィーチャサービスとして空間解析に利用できること

が確認できました。

このように、生成AIエージェントを利用することで、

「分析に使えるデータを探す」

という従来は時間を要していた作業も効率化できる可能性があります。

今回の検証では、データ探索から分析、結果の評価まで、一連のプロセスにAIを活用することができました。


ArcGIS Proによる探索的分析とMCPによる自動化

今回の分析では、まずArcGIS Proを利用して分析ロジックを構築しました。

具体的には、

  • 浸水区域内建物の抽出
  • 浸水継続時間の付与
  • 高齢者人口条件の検討
  • 推定階数条件の検討
  • 最寄り避難所分析

などを地図を確認しながら試行錯誤し、分析条件の妥当性を検証しました。

一方、同じ分析をMCP環境で実施した場合、分析プロセス全体を再現可能なワークフローとして出力することができます。

今回、MCPでは次の成果物を自動出力しました。

図2:MCPによる自動生成成果物一覧

入力・中間成果

ファイル内容
step0_flood_izumi_27219_raw.geojsonLiving Atlasから取得した浸水継続時間データ(元データ)
step1_flood_izumi_27219.geojson解析対象範囲で抽出・加工した浸水継続時間データ
step2_buildings_with_derived_fields.geojson建物人口、推定階数等を付与した建物データ
step3_building_flood_intersections.geojson建物と浸水継続時間ポリゴンのIntersect結果
step4_buildings_joined_flood_duration.geojson建物ごとに代表浸水継続時間を付与した最終建物データ

出力成果

ファイル内容
izumi_evacuation_support_priority_candidates.csv要避難支援候補建物一覧
izumi_evacuation_support_priority_candidates.geojson要避難支援候補建物レイヤ
izumi_flood_duration_summary.csv浸水継続時間別集計結果
izumi_flood_duration_summary.json浸水継続時間集計結果(機械可読形式)
izumi_flood_duration_summary.md分析結果サマリー・監査レポート
izumi_flood_duration_run_metadata.json解析実行条件・処理履歴メタデータ

このように、MCPでは単に解析を実行するだけではなく、

解析過程そのものを成果物として保存できる

点が特徴です。

従来のGIS解析では、分析を行った担当者しか処理内容を把握できないケースも少なくありません。

一方、MCPでは、

  • 入力データ
  • 中間成果
  • 最終成果
  • 実行履歴
  • 監査レポート

を自動的に記録できるため、

「誰が実施しても同じ結果を再現できる分析」

を構築できる可能性があります。

今回の検証を通じて、

ArcGIS Proで分析ロジックを構築し、MCPでその処理を再利用可能なツールとして実装する

という、新しいGIS分析の姿も見えてきました。

Step1 要避難支援建物を抽出する

分析では、約75,000棟の建物のうち、

約10,540棟

が浸水区域内に存在することが分かりました。

しかし、浸水するすべての建物が同じリスクを持つわけではありません。

そこで今回は、

浸水区域内
AND
高齢者人口 > 0
AND
推定階数 <= 1

という条件を設定しました。

GISでの処理内容は

PLATEAU建物

浸水継続時間ポリゴン

Intersect

最大重複面積を持つ
浸水継続時間を建物へ付与

これは、

高齢者が居住し、かつ垂直避難が困難な低層住宅

を抽出するためです。

その結果、

1,895棟

の建物が抽出されました。

これらの建物に居住する人口は、

  • 総人口:約2,066人
  • 75歳以上人口:約262人

となりました。

図2:要避難支援建物分布図(イメージ)


浸水継続時間が持つ意味

今回の分析では、単に浸水するか否かだけではなく、浸水継続時間にも着目しました。

短時間の浸水であれば、自宅内で待機できるケースも考えられます。

しかし、

12時間以上継続する浸水

は、住民の孤立リスクを高める可能性があります。

特に、

  • 高齢者が居住する
  • 1階建て住宅である
  • 長時間浸水が想定される

という条件が重なる場合、単なる浸水被害ではなく、

「生命リスク」

そのものを意味します。

浸水継続時間という「時間」の軸を考慮することで、

どの建物を優先的に避難支援すべきか

をより具体的に評価できることが確認できました。


ArcGIS Proによる解析フロー

ここではArcGIS Proを利用し、次のジオプロセシングを実施しました。

要避難支援建物抽出
↓
Generate Near Table
↓
避難所属性結合
↓
Summary Statistics
↓
避難所別集計
↓
マップ作成

まず、Generate Near Tableを利用して、建物ごとの最寄り避難所を算出しました。

その後、NEAR_FIDを利用して避難所名称を結合し、避難所別に人口を集計しました。

図5 ArcGIS Pro「Generate Near Table」を用いた最寄り避難所解析設定画面

今回の分析では、ArcGIS Pro の Generate Near Table ツールを利用し、要避難支援建物ごとに最寄り避難所を算出しました。

主な設定は次のとおりである。

設定項目内容
入力フィーチャ要避難支援建物(1,895棟)
近接フィーチャ和泉市指定避難所(39施設)
方法平面距離
距離単位メートル
最近接フィーチャのみ検索ON
位置出力ON
検索範囲不明(最大距離の取得)

本ツールにより、各建物について、

  • 最寄り避難所ID(NEAR_FID)
  • 直線距離(NEAR_DIST)
  • 建物座標
  • 避難所座標

を取得しました。

その後、NEAR_FIDを利用して避難所名称を結合し、建物人口データを付加したうえで、避難所別に75歳以上人口、総人口、平均避難距離、最大避難距離を集計しました。


避難所別避難需要を分析する

分析の結果、総人口約2,066人、75歳以上人口約262人が市内39施設の指定避難所のうち、

23施設

に避難需要が集中することが分かりました。

対象となる避難需要は、

  • 総人口:約2,066人
  • 75歳以上人口:約262人

でした。

図6:避難所別避難需要マップ(イメージ)

想定避難人口の多い順に並べると、次のようになります。

表1 要避難支援者(75歳以上)を対象とした最寄り避難所別推計避難需要

順位避難所想定避難人口75歳以上人口平均距離(m)最大距離(m)
1国府小学校748994621,199
2和気小学校200227841,293
3北松尾小学校175175681,030
4芦部小学校15215365767
5和泉中学校13713418791
6総合福祉会館12421336608
7府立伯太高等学校839429595
8いぶき野小学校819374731
9北池田中学校695477871
10光明台北小学校6897931,098

※本結果は公開データおよび建物単位人口推計モデルを用いた試算結果であり、自治体が定める正式な避難計画値ではない。
避難行動は直線距離による最寄り避難所を仮定している。

避難需要上位施設を見ると、国府小学校には約748人が集中し、そのうち約99人が75歳以上人口であった。
一方、和気小学校では平均避難距離が約784m、最大距離は約1.3kmとなり、高齢者にとっては避難負担が大きい可能性が示唆された。
また、北松尾小学校や光明台北小学校でも1kmを超える建物が存在しており、避難支援体制の検討が必要と考えられる。

なお、今回の分析では、避難所ごとの想定避難者数を推計しましたが、避難所の収容人数に関する公開データが確認できなかったため、避難所ごとの収容余力や避難所不足の評価までは実施していません。

今後、避難所収容人数データを組み合わせることができれば、

「どの避難所が不足するのか」
「避難所の再配置が必要な地域はどこか」

といった、より具体的な避難計画の検討も可能になると考えています。

※本分析における避難距離は建物重心から最寄り避難所までの直線距離です。


避難需要は均等ではない

市内には39施設の避難所が整備されています。

しかし、今回抽出した要避難支援建物の避難需要は23施設に集中しました。

※浸水区域が市北西部に集中しているため、内陸部や丘陵部の避難所には需要が発生しなかった。

これは、

避難所が市内全域に配置されていても、実際の避難需要は一部施設へ偏在する

ことを示しています。

従来の町丁目単位分析では、

「避難所は足りているか」

を評価することはできても、

「どの避難所に何人集まるのか」

を把握することは困難でした。

今回の分析では、

「誰が、どこへ避難し、その避難所にどの程度の負荷がかかるのか」

を建物単位で把握できることが確認できました。

今回の分析結果は、

  • 避難所配置計画
  • 避難所運営体制
  • 福祉避難所配置
  • 避難所収容能力の見直し

などの政策判断に活用できる可能性があります。

今回の分析結果は、避難所配置だけでなく、
避難所収容能力の見直しや福祉避難所の配置検討を行う際の
基礎資料としても活用できる可能性があります。


AIエージェントによる解析支援

今回の解析はArcGIS Proを利用して実施しました。

ただし、分析過程では生成AIエージェントを活用し、

  • 分析条件の検討
  • ジオプロセシングフロー設計
  • 結果の妥当性確認
  • 政策評価

を支援させました。

実際の空間計算はGISが担います。

一方、

「どのような分析を行うか」

というロジック設計はGIS技術者が担う必要があります。

今回も、GISで分析ロジックを設計し、その妥当性を確認しながら解析を進めました。


MCPによる将来像

一度分析ロジックが確立されれば、

建物抽出

最寄り避難所解析

属性結合

統計集計

品質保証(妥当性検証)

監査レポート作成

といった一連の処理は定型化できます。

今回の検証では、Near解析、属性結合、統計集計、さらには距離値の妥当性検証までをMCPツールとして実装し、GIS分析フローの自動化を確認することができました。

今後、これらの処理をMCPツールとして整備していけば、

「浸水区域内の高齢者が居住する低層住宅について、最寄り避難所を分析してください」

といった自然言語による指示だけで、建物抽出から避難需要集計、品質確認、レポート作成までを自動的に実施できる可能性があります。

今回の検証を通じて、

GISで分析ロジックを設計し、AIエージェントが繰り返し処理と品質確認を支援する

という、新しい自治体GISの姿も見えてきました。


今後の展開

今回の分析では、建物重心から避難所までの直線距離を利用して最寄り避難所を推定しました。

この方法でも、要避難支援者が「誰が、どこへ避難し、その避難所にどの程度の負荷がかかるのか」を建物単位で把握できることが確認できました。

一方で、より現実に近い避難行動を評価するためには、道路ネットワークデータセットを利用した解析が有効です。

例えば、道路距離や徒歩時間を考慮した最寄り避難所解析を実施することで、

・避難所までの徒歩時間評価
・避難困難地域の抽出
・避難所サービス圏の評価
・避難所配置の最適化

など、より実態に即した避難行動シミュレーションが可能になります。

また、今回利用したPLATEAUデータはLOD1であったが、将来的にLOD2データを利用すれば、建物高さだけでなく屋根形状も考慮した分析も期待できます。

例えば、

・浸水深と建物高さを考慮した垂直避難可能性の評価
・屋上避難が可能な建物の抽出
・地域内避難候補建物の選定

など、3次元都市モデルを活用した新たな防災分析への発展も考えられます。

今回構築した分析フローは、こうした高度な防災分析をAIエージェントが支援するための基礎となるものであり、今後の自治体GISの新たな活用方法の一つになると期待しています。

おわりに

今回の分析では、

「誰が、どこへ避難し、その避難所にどの程度の負荷がかかるのか」

を建物単位で把握できることが確認できました。

建物単位の推計人口という高解像度な基盤を、

「命を守る」

という行政の最重要課題へ直接接続できたことは、大きな成果であると考えています。

また、今回利用したPLATEAUデータはLOD1でしたが、将来的にLOD2データを利用できれば、屋根形状や建物形状を考慮した、より高精度な人口推計も期待できます。

今回の検証は、

「データ整備によって行政を変える」

一つの事例になったのではないかと考えています。

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