― オープンデータだけで人流はどこまで説明できるのか ―
自治体GIS×生成AI 実践シリーズの1回目です。
なぜ、この検証を始めたのか
近年、人流データは都市計画や観光、防災、商業分析など、さまざまな分野で活用されています。しかし、多くの場合は「どこに人が多いのか」を可視化することに留まり、その人流がなぜ発生しているのかまで踏み込んで分析される事例は多くありません。
今回の検証は、岡崎市が「データラボ」で公開している人流データと観測地点の位置情報を見たことから始まりました。
公開されている人流データを眺めているうちに、一つの疑問が浮かびました。
「この場所で観測される人流は、周辺のどのような都市構造によって説明できるのだろうか。」
つまり、人流そのものを目的変数とし、人口や就業人口、道路ネットワーク、交差点密度、店舗集積、駐車場などの都市構造データを説明変数として統計的に検証すれば、「賑わい」を生み出している要因を客観的に明らかにできるのではないかと考えました。
このような分析が実現できれば、
- 都市整備や公共投資の優先順位を検討するためのEBPM(Evidence-Based Policy Making)
- 商業施設やイベントの立地・集客戦略
- 人流観測地点の適切な配置や見直し
など、行政施策だけでなく民間のマーケティングにも活用できる可能性があります。
QURUWAという実証フィールド
本研究の対象としたのは、岡崎市中心市街地のQURUWA(クルワ)エリアです。
QURUWAとは、名鉄東岡崎駅から岡崎城、乙川、中央緑道などを結ぶ約20ヘクタールの都市再生エリアの愛称であり、「歩いて楽しめるまちづくり」をコンセプトとして、公共空間の再編や民間投資を組み合わせながら回遊性の向上を目指しています。
岡崎市では、このエリア内に複数の人流観測地点を設置し、歩行者数を継続的に計測しています。こうした高密度な観測データが公開されていることから、都市構造と人流との関係を検証するフィールドとして非常に適していると考えました。
図1:対象エリア位置図(17地点)※東岡崎駅は除く

「人流分析」と聞くと、多くの人はAIやビッグデータを思い浮かべるかもしれません。
しかし、本当に人流を理解するために必要なのは、高価なデータではなく、自治体が既に保有しているオープンデータなのではないでしょうか。
人口、道路、交差点、駐車場、店舗、公共空間。
これらをGIS上で整理し、統計解析によって検証すれば、人の流れを説明できる可能性があります。
本シリーズでは、岡崎市QURUWA地区を対象に、ArcGISとRを用いて行った検証を紹介します。
第1回では、研究の出発点とデータ整備、そして分析モデルを構築するまでの過程を紹介します。
最初の仮説
人が集まる場所には、必ず何らかの理由があります。
駅前だから人が多いのか、商業施設があるからなのか、それとも道路が多く交差し、歩きやすい都市構造だからなのか。私たちは日常生活の中で何気なく「人が集まる場所」を認識していますが、その理由を客観的なデータで説明する機会は意外に多くありません。
そこで、まずは都市構造と人流の関係について、次のような素朴な仮説を立てました。
- 人口が多い場所では、人流も多くなるのではないか。
- 道路が発達している場所では、人流が集まりやすいのではないか。
- 交差点が多い場所は、人の移動が集中するため人流も多くなるのではないか。
- 商業施設や店舗が集積する場所では、人流が増加するのではないか。
- 駐車場が多い場所では、自動車利用者の流入によって人流が増えるのではないか。
これらはいずれも都市計画やマーケティングの現場では経験的に語られることが多い考え方です。しかし、その影響の大きさはどの程度なのか、あるいは本当に人流を説明できる要因なのかについては、実際に統計解析によって検証してみなければ分かりません。
本研究では、人流データを目的変数、都市構造を表す各種オープンデータを説明変数として整理し、単回帰分析や重回帰分析、主成分分析などを用いて、それぞれの説明変数が人流にどのような影響を与えているのかを定量的に検証しました。
さらに分析を進める中で、当初は有効だと考えていた説明変数が期待したほど寄与しないケースや、逆に交差点密度のように予想以上に説明力を持つ変数も見つかりました。また、平日と休日では人流を説明する要因が大きく異なることも明らかになっていきます。
つまり、この研究は仮説を証明することが目的ではありません。
「どの仮説が正しく、どの仮説が誤っていたのか」をデータに基づいて一つひとつ検証し、人流を生み出す都市構造を客観的に明らかにすることが、本研究の目的です。
図2:研究全体フロー

3.データ収集
使用データ
本研究では、人流に影響を与える都市構造を定量的に評価するため、国土交通省、総務省統計局、OpenStreetMap等が公開するオープンデータを組み合わせて利用しました。
人流データを目的変数とし、人口、道路ネットワーク、交差点、駐車場、都市機能などを説明変数として整理しました。使用したデータの概要を表1のとおりです。
表1:使用データ一覧
| 項目 | データ | 出典 |
|---|---|---|
| 人口 | 2020年国勢調査 250m人口メッシュ・500m就業者メッシュ | e-Stat(政府統計の総合窓口) |
| 用途地域 | 用途地域データ(都市計画基礎調査) | 国土数値情報 |
| 建物 | 3D都市モデル(CityGML) | Project PLATEAU |
| 道路ネットワーク | 道路データ | OpenStreetMap |
| 交差点 | 道路ネットワークから抽出したジャンクション | OpenStreetMap |
| 駐車場 | OSMデータおよび生成AI(MCP)による補完抽出 | OpenStreetMap・MCP |
| 施設 | OSMデータおよび生成AI(MCP)による補完抽出 | OpenStreetMap・MCP |
| QURUWAスポット | QURUWA公式Webサイト掲載施設 | QURUWA ZONE |
| 人流データ | 歩行者通行量調査 | 岡崎市オープンデータラボ |
人口データの整備
人口については、政府統計の総合窓口(e-Stat)が公開する令和2年(2020年)国勢調査を利用しました。
採用したデータは次の2種類です。
- 250mメッシュ人口
- 500mメッシュ就業者人口
250mメッシュ人口は居住人口の空間分布を表し、500m就業者メッシュは昼間人口や就業集積を表す指標として利用しました。
しかし、メッシュ単位では建物との対応が困難であるため、Project PLATEAUの建物モデルと用途地域を組み合わせ、建物単位へ人口を配分する人口モデルを独自に構築しました。
人口配分では、
- 250m人口メッシュ
- 用途地域
- PLATEAU建物モデル
を組み合わせ、住宅系用途地域では人口密度を高く、工業系用途地域では低く評価する用途地域係数を用いて人口を配分しました。
さらに建物規模(延床面積)を考慮した配分モデルを適用し、建物単位人口を推定しました。
人口データは、この建物人口モデルから400m到達圏内人口を集計した値を説明変数として利用しています。
▶建物人口モデルの詳細な作成手順については、前の記事を参照願います。
道路ネットワーク
道路ネットワークはOpenStreetMapから取得しました。
抽出した道路データをArcGIS Proでネットワークデータセット化し、岡崎市オープンデータラボにある人流カメラポイント(緯度経度付)より400m徒歩到達圏を作成しました。
各到達圏内について
- 総道路延長
- ジャンクション数
を算出し、都市構造を表す説明変数としました。
3.4 駐車場データ
駐車場についてはOpenStreetMapに登録されている駐車場データを利用しました。
一方、OpenStreetMapには未登録施設も存在するため、本研究では生成AIとMCPを用いて追加候補を探索し、人手による確認を経て駐車場データを補完しています。
最終的には400m徒歩到達圏内に存在する駐車場数を説明変数として利用しました。
3.5 QURUWAスポット
都市機能を表す説明変数として、QURUWA公式サイト(QURUWA ZONE)に掲載されている施設情報を収集しました。
収集したスポットは
- 飲食
- 買い物
- 憩い
- 学び
- 街歩き
- QURUWA拠点
の6分類に整理し、400m徒歩到達圏ごとの施設数を集計しました。
3.6目的変数(人流データ)の取得と前処理
(1)AIカメラ人流データの取得
今回は、岡崎市QURUWA地区に設置されたAIカメラによる人流データを目的変数として利用しました。
「オープンデータラボ」から取得した。各カメラについて1か月単位で公開されているCSV形式のデータを対象とし、解析対象期間となる直近1年間分(12か月)のデータをダウンロードしました。
取得した各月のCSVデータは、カメラIDおよび観測日時をキーとして統合し、年間の人流データベースを作成しました。
(2)解析対象データの抽出
年間データには曜日や時間帯による変動が含まれるため、本研究では解析目的に応じて2025年5月、2026年6月の各1か月を次の条件でデータ抽出しました。
- 平日
- Morning:07:00~09:59(通勤・通学)
- Day:10:00~15:59(日中活動)
- Night:16:00~19:00(夜間活動)
- 休日
- Morning:09:00~10:59(休日は朝の立ち上がりが遅い)
- Day:11:00~17:59(買物・観光・滞在)
- Night:18:00~21:00(夕方~夜間)
さらに、各カメラについて時間帯ごとの平均人流を算出し、代表値として利用しました。
(3)目的変数の検討
目的変数は一度に決定したものではなく、AIカメラデータの特性を踏まえて段階的に検討しました。
第1段階
休日・平日ともに
7時~19時平均人流
を目的変数として回帰分析を実施しました。
しかし、休日モデルでは十分な説明力が得られず、人流を単一の平均値で表現することには限界があることが分かりました。
第2段階
平均時間帯を見直し、
- 平日:7時~19時
- 休日:9時~21時
と設定して再解析を行いました。
平日は一定の改善がみられたものの、休日モデルでは依然として説明力が十分ではありませんでした。
第3段階
AIカメラデータを詳細に確認するため、全カメラについて時間帯別のIN人数とOUT人数の推移を比較した。
その結果、
- カメラ設置方向の影響
- 一方向流動の強い地点
- 時間帯によりIN・OUTの関係が変化する地点
が存在することが明らかとなりました。
この知見を踏まえ、
人流を単なる平均人数ではなく、
- IN+OUT(賑わい)
- IN−OUT(滞留)
という流動特性を表す指標へ再定義しました。
また、人流の時間特性を考慮し、
- 朝
- 昼
- 夕方
の時間帯別モデルについての検証に行きつきました。
(4)最終的な目的変数
以上の検討の結果、本研究では解析目的に応じて最も説明力が高かったモデルを採用しました。
平日、休日モデルとも賑わい指標(IN+OUT)が比較的高い説明力を示し、最終モデルを決定しました。
GISで説明変数を作る
人流を説明するためには、「その場所の周囲にどのような施設があるか」を数値化する必要があります。
しかし、単純に施設数を数えるだけでは、人が実際に歩いて利用できる範囲を表現できません。
そこで本検証では、ArcGIS Network Analystを用いて道路ネットワーク上の400m到達圏を作成しました。
400mは徒歩約5分程度の距離であり、各カメラ地点から実際に歩いて到達できる範囲を表しています。
その到達圏内に存在する施設数を説明変数として集計しました。
図3:各カメラからの400m到達圏とQURUWAスポットとOSM施設

QURUWAスポットとOSM施設の比較
施設データには2種類を用いました。
- OpenStreetMap(OSM)の施設データ
- 岡崎市QURUWA公式サイトから整理したQURUWAスポット
OSMは網羅性に優れていますが、行政施設や金融機関など、回遊性との関係が弱い施設も数多く含まれています。
一方、QURUWAスポットは
- 飲食
- 買い物
- 街歩き
- 学び
- 憩い
など、実際に回遊を促す施設を中心に整理されています。
そのため、400m到達圏で集計すると、QURUWAスポットはQURUWA戦略で設定された主要回遊動線と非常に良く一致する結果となりました。図4を参照下さい。
つまり、
「人が歩きたくなる場所」
を説明する変数としては、QURUWAスポットの方が適していることがGIS上でも確認できました。
ArcGIS Network Analystによる説明変数生成
分析の流れは非常にシンプルです。
施設データ
│
▼
ArcGIS Network Analyst
│
400m到達圏を作成
│
▼
到達圏内の施設数を集計
│
▼
各カメラ地点の説明変数
これにより、
- 飲食店数
- 買い物施設数
- 街歩き施設数
- 学び施設数
- 憩い施設数
などを、人流分析に利用できる説明変数として作成しました。
図4:400m到達圏でクルワスポットとOSM施設を集計

最初の壁 ― 説明変数を作れば終わりではなかった
ArcGIS Network Analystを用いて400m到達圏を作成し、人口、道路、交差点、店舗数、QURUWAスポットなど、多くの説明変数を作成しました。
これで人流分析の準備は整ったように思えました。
しかし、実際にデータを確認すると、別の問題が見えてきました。
多くの変数が同じような情報を持っていた
例えば、
- 人口が多い場所は道路も多い
- 道路が多い場所は交差点も多い
- 交差点が多い場所は店舗も集まりやすい
という都市構造そのものの特徴により、多くの説明変数が強く相関していました。
具体的には、
- 道路延長
- 交差点数
- 人口
- 建物数
- 店舗数
などは、それぞれ独立した指標ではなく、互いに似た情報を表していたのです。
この状態で説明変数をすべて回帰分析へ投入すると、多重共線性と呼ばれる問題が発生します。
「変数を増やせば精度が上がる」とは限らない
分析を始める前は、
説明変数をたくさん作れば、人流をより正確に説明できるのではないか
と考えがちです。
しかし実際には、
似た変数を大量に投入すると、
- 係数が不安定になる
- 本当に効いている要因が分からなくなる
- 解釈が難しくなる
という問題が生じます。
つまり、
「説明変数は多いほど良い」
のではなく、
「情報が重複しない変数を使うこと」
が重要になります。図5は17種の説明変数を総当たりで相関係数を比較し、相関が高い、低いものは色濃淡を付け、目立つように表示するヒートマップ図です。
図5:相関行列ヒートマップ

GISだけでは解決できない
GISは、
- 人口を集計する
- 道路延長を計算する
- 店舗数を集計する
- 400m到達圏を作る
ことは得意です。
一方で、
「どの変数が本質的に同じ情報を表しているのか」
「似た変数をどう整理すればよいのか」
までは判断してくれません。
ここで初めて、
GISによる空間分析だけではなく、
統計解析によって説明変数を整理する必要性
が見えてきました。
次回予告
そこでどうしたか、互いに強く相関する多数の説明変数を、そのまま利用するのではなく、
共通する特徴を少数の潜在因子へ要約する「主成分分析」
を実施しました。
これにより、
数十種類の説明変数を、
「都市のにぎわい」「歩きやすさ」「居住性」といった解釈可能な指標へ整理し、人流との関係を分析できるようになりました。
統計解析によって
似た説明変数を整理し、
本当に人流を説明している要因を見つけます。
さらに、
平日と休日で
まったく異なる都市構造が見えてきます。
▶次の記事はこちら「Vol.2はこちら」
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